薩摩忍者調査のまとめ

薩摩忍者
08 /07 2013
さて、7月集中型で行ってきた忍者文化を現代によみがえらせるプロジェクト。
7月が終了しましたので、ここでまとめといかせていただきます( ・∇・)
まだまだ情報が少ないので、少なからず予想も挟ませていただいています(;・∇・)
【薩摩忍者の言葉について】
 現在確認する中では旧加世田市の郷土史(昭和61年発行)が初めと考えています。忍者という言葉自体が大正~明治頃の小説から作られた言葉という話ですので、郷土史を書く際、影響されたのではないでしょうか?
 しかし、忍びという言葉は江戸後期に書かれたと言われる本藩人物誌に書かれており、様々な歴史資料から見ていきますと鹿児島でも諜報活動や工作活動に動いていた方々の話が浮かび上がってきます。

【戦国時代】
 島津忠良公の時代、様々な団体(主に宗教団体)が諜報活動(というより情報の伝達・収集)に協力していた様です。その中でも島津忠良公の部下的存在になり活動していた修験道家「井尻神力坊」とその一派が積極的に動いていた様を加世田市郷土史や新薩摩叢書等の資料から知る事ができます。
 
【戦国時代~江戸時代】
 戦国の世が終わると修験道は民衆の中に溶け込んでいきますが、江戸期に入るとまた別の形で諜報・工作・暗殺活動を専門に行う者がいた事を江戸後期に書かれたと言われる本藩人物誌から知る事ができます。
 薩摩藩では宗教家・職人等も武士階級に含まれていた様ですので、戦国期に関わりのあった組織を知識や技術ごと藩の中に取り入れていったのではないのでしょうか?

【忍者・忍術というコンテンツについて】
 鹿児島県にある古武道の流れからみて忍術というコンテンツは江戸期に北から来ているのではないでしょうか?
 戦略に関するものはこちらでは全て兵法という言葉でまとめられていた様ですので、生活の為に忍術というコンテンツが伊賀・甲賀辺りで作られ、歌舞伎等での人気から新たな習得科目として道場流派等に組み込まれていったと考えています。


【とりあえずのまとめとして…】
 一ヶ月という短い期間と少ない予算の中動いてきましたが、まだまだ調べなければならないところが沢山あります。今後は薩摩忍者としての活動を同時進行で行いながら情報を少しづつ集め、薩摩の国での諜報・工作活動の実態を明らかにしていこうと考えています。
 先ずは鹿児島での修験道の活動と個人名が出てきた方々の実績とその活動をする事になった切っ掛けの調査です。

【調査をしての雑感】
 せっかく歴史のある土地なのにそれを生かしたコンテンツ制作がほぼ出来ていない事が気に掛かりました。
 今回調査した内容は郷土史にしても著作に関わった方々は非常に高齢になっているか亡くなられており、その書かれた内容の情報の引継ぎがほぼ出来ていない様に感じました。
 鹿児島県資料集として県の古文書を活字化する活動が進んでおり、もっとこれを参照して鹿児島のコンテンツ制作を進めていけばオンリーワンの文化制作が出来る様に感じます。
 

【最後に】
 今回後援という事で協力したいただいた
<三重大学教授 山田雄司 様>・<武蔵一族:バネッサ・朱雀 様>・<マンガプロジェクト鹿児島:会長 四元重美 様>・<一般社団法人鹿児島天文館総合研究所Ten-Lab 様>
ありがとうございました。
 7月が終わったのでいったん区切りますが、今後も少しづつ調査を続けていきますので何かありましたら御協力をお願い致しますm(_ _)m
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Re: 薩摩忍者

> 結果からして鹿児島にも忍者は居たと言う事ですか?

忍者というか、忍びとして活動されていた人々がいたと言った方が正解かと思われます( ・∇・)

薩摩忍者

結果からして鹿児島にも忍者は居たと言う事ですか?

クリエイティブパフォーマンス BAN

イベントやプロジェクトの企画や相談を主に受けています。
鹿児島を拠点として主に九州で活動。

状況に応じパフォーマーとしても活動
 1時間で最速200点のバルーンアートを作るバルーンパフォーマー
 夏の風物詩 金魚すくい名人
 ゴム銃や紙トンボなどの昔遊びの講師
 刀や手裏剣などを操る 侍・忍者
 鎧の着付け師 など

フリーライターとしても活動
 元 KADOKAWA Walker plus 鹿児島県地域編集長 など
 得意なジャンルは、鹿児島の歴史・文化・古武道・グルメ・温泉、日本の古武道、中国拳法、ゲーム(特にアーケードゲーム)、スポーツチャンバラ、火山

主な資格は
 普通一種運転免許
 ヘルパー2級
 FMD陳列士
 乙4種危険物取扱者
 国内旅程管理主任者
 スポーツチャンバラインストラクター
 伊賀流忍者店中忍免許